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サザエさんオープニング都道府県解説(福井県・前編)


2012年10月~12月の秋編オープニングでは、福井県が紹介されました。
各画像の再生ボタンを押すと動画を再生出来ます。(音は鳴りません)

サザエ観光マップ
左上のボタン をクリック(タップ)すると、上部に前半で、下部に後半で紹介された訪問地の名称が表示されます。
訪問地の名称または数字が書かれたサザエさんのアイコンをクリック(タップ)すると、その訪問地が地図の中央に表示され、さらに写真や公式サイトへのリンクも表示されるので非常に便利です。(一部訪問地を除く)
右上のボタン をクリック(タップ)すると、大きな地図を表示できます。
青色のサザエさんのアイコン は前編で紹介された訪問地、緑色のサザエさんのアイコン は後編で紹介された訪問地です。

三方五湖(美浜町・若狭町)
三方五湖(みかたごこ)は、三方郡美浜町(みはまちょう)と三方上中郡若狭町(わかさちょう)に位置する5つの湖の総称です。
国指定の名勝で、若狭湾国定公園に属しており、湖の周囲は梅畑が広がる景勝地となっています。
2005年11月8日付でラムサール条約指定湿地に登録されています。

ちなみに、サザエさんが天狗の絵が描かれた円盤を投げるシーンがありますが、これは「かわらけ投げ」と呼ばれ、「かわらけ」に願いを書いて投げると書いた願いが叶うとされています。
また、「かわらけ」は近くの天狗堂で販売されており、自然に土に返る素材で出来ています。

青葉山(高浜町)
青葉山(あおばさん又はあおばやま)は、高浜町(たかはまちょう)と京都府舞鶴市(まいづるし)にまたがる山です。
東峰(693m)と西峰(692m)の2峰からなる双耳峰でありますが、国土地理院の地形図では東峰に山名の記載があるため、これに従うと標高は693mとなっています。
いずれの山頂も高浜町に位置し、高浜町の最高峰となっています。
東部海岸から眺める山容が秀麗な景観を見せることから、現在では俗に若狭富士と呼ばれています。

氣比神宮(敦賀市)
氣比神宮(けひじんぐう)は、敦賀市にある神社で、明治28年(1895年)の神宮号宣下により「氣比神宮」に改称して現在に至ります。
現地では「けえさん」とも呼ばれているそうです。

本来は食物の神を祀る神社であったとされますが、都と北陸諸国を結ぶ北陸官道に面していること、また敦賀が古来有数の津であったことから、海陸交通の要衝を扼する神として崇敬されました。
特に朝廷により、敦賀から日本海を通じて大陸と交流することから、大陸外交に関する祈願の対象として重視されました。
承和6年(839年)遣唐使帰還に際して当宮に安全を祈願したり(『続日本後紀』)、弘安4年(1281年)弘安の役に際して奉幣を行うなどの例があります。
なお、『日本書紀』において、神功皇后が仲哀天皇の命により敦賀から穴門国へ向かったと記述するのも、当宮の鎮座と三韓征伐を前提としたものです。

ブルーパーク阿納(小浜市)
ブルーパーク阿納(あのう)は、小浜市にある釣り堀で、若狭湾「海のステージ」というキャッチコピーが付けられています。
真鯛をはじめ、スズキ・グレ(メジナ)などの魚を釣ることができ、釣った魚をその場で食べられるバーベキューや、真鯛の調理(5名以上)などの体験も出来ます。

蘇洞門(小浜市)
蘇洞門(そとも)は、福井県小浜市の、内外海半島にある海岸景勝地です。
全長は6キロメートルにわたり、一帯には洞門、瀑布、断崖が見られます。
若狭湾国定公園の景勝地の一つであり、「若狭蘇洞門」という名で、1934年に国の名勝に指定されました。

蘇洞門を構成する地質は花崗岩であり、この岩の柱状節理が日本海の波食や風食などを受けて浸食され、長年の歳月を経て形成されました。
中でも大門(おおもん)、小門(こもん)はこの浸食作用によって内部が縦穴状に貫通したものであり、蘇洞門を象徴する景勝として特に知られています。
大門は遊覧船での通行が可能であり、そのほかの見所としては、夫婦亀岩、獅子岩、唐船島などがあり、遊覧船で探勝が出来ます。

敦賀のおぼろ昆布
敦賀のおぼろ昆布は、職人が手作業で1枚1枚削って作られる美味しい昆布です。
全国の8割以上を福井県で生産しており、実演販売を行う店もあります。
とろろ昆布との違いは、糸状ではなく薄く帯状に削る点があります。

日引の棚田(高浜町)
日引の棚田(ひびきのたなだ)は、高浜町北西部日引地区に位置し、背後地に青葉山 (京都府・福井県)の山が迫り、古くから棚田が形成されています。
約200枚の棚田があり、日引の棚田として、日本の棚田百選(農林水産省)に選定されています。

九頭竜湖(大野市)
九頭竜湖(くずりゅうこ)は、大野市にあり、一級河川・九頭竜川水系九頭竜川に建設されたダム湖(人造湖)です。かつては長野ダム(ながのダム)という名称でした。
高さ128メートルのロックフィルダムで、洪水調節・発電を目的とする、国土交通省・電源開発(Jパワー)共同管理の多目的ダム(兼用工作物)です。

熊川宿(若狭町)
熊川宿(くまがわじゅく)は、若狭町にあり、若狭と京都を結ぶ旧鯖街道の宿場です。
若狭町熊川宿伝統的建造物群保存地区の名称で、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。

室町時代に沼田氏が山城を築いた地にあり、天正17年(1589年)に小浜城主浅野長政が近江と若狭を結ぶ鯖街道(若狭街道)の宿場町として整備しました。
熊川宿は近江との国境近く、小浜と今津のほぼ中間点に位置し、江戸時代を通して鯖街道随一の宿場町として繁栄しました。
近代以降は鉄道の開通やモータリゼーションの影響で旧街道は衰退し、近年の戸数はピークである江戸時代中期の約半分になってしまいました。

そのため、当地域は再開発されることなく古い町並みが残り、1996年に重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
地区内には瓦葺き、真壁造または塗籠造の伝統的建築物が多数残り、旧街道に沿って前川という水量豊かな水路が流れ、石橋や「かわと」という水利施設などの工作物とともに歴史的景観を残しています。

古建築を活用した資料館、食事処、喫茶店、雑貨店、また道の駅若狭熊川宿が開設され、さらに1998年(平成10年)に80年間途絶えていた祭り「てっせん踊り」が復活するなど、観光地として発展を始めています。

越前おろしそば
越前おろしそばは、福井県嶺北(れいほく)地方で主に食される蕎麦です。
蕎麦に大根おろしを乗せて出汁をかけたり(ぶっかけ)、大根おろしに出汁を加えてつけツユにして食べる(つけそば)など、大根おろしを利用することから、「おろしそば」とも呼ばれます。
2007年12月、「越前おろしそば」が農山漁村の郷土料理百選の1つに選定されました。

福井県は、ソバの生産量が全国の都道府県で5位(1,610トン、2007年)というそば処です。
この実を蕎麦殻まで挽き込んでそば粉とするため、より風味が強く、黒っぽい蕎麦となります。
一般的な蕎麦のように、冬季であってもつゆは冷たいものを用い、具は大根おろしや刻みネギ、鰹節、刻み海苔程度とシンプルなものが基本であり、茹で上げた蕎麦を素早く冷水にさらします。
蕎麦は、深鉢などに盛って濃い目のつゆを直接かけたり、つけ汁にして食べられます。

辛味大根を使用しており、辛味大根特有のピリリとした辛さが特徴です。
蕎麦も醤油もない時代にそば切りを大根汁につけて食べたことを起源としており、当初は皿(さわち)に入れて食べられていました。

きのこの森(おおい町)
きのこの森は、おおい町にあるきのこのテーマパークです。
中央のきのこ型の塔は、きのこタワーと呼ばれ、高さは約30メートルあります。
サザエさんが滑ったビッグスライダーをはじめ、一面に芝生を敷きつめた多目的広場、日本でも珍しいきのこだけの博物館「きのこものしり館」、バーベキューが楽しめる「食旬坊」、陶芸館、炭焼小屋などがあり、何度でも足を運びたくなるコミュニケーション空間になっています。

福井県恐竜博物館(勝山市)
福井県恐竜博物館は、勝山市にある恐竜を主なテーマとした自然史博物館です。
展示内容の量・質共に極めて高く、日本における恐竜博物館の代表といっても過言ではありません。
2009年(平成21年)10月に、恐竜渓谷ふくい勝山ジオパークとして日本ジオパークに認定されました。

かつて勝山市にある中生代の地層(手取層群)から恐竜の全身骨格が発掘されたことがきっかけとなり、この地に恐竜博物館を建設しようという気運が高まりました。
限られた予算の地方都市にあって、「恐竜」専門の博物館が必要なのかどうかと県議会では激論が交わされた末、当地に博物館がつくられることが決定されました。
2000年(平成12年)夏に長尾山総合公園内で開催された恐竜エキスポふくい2000のメイン会場として、同年7月に開館しました。
敷地面積は約30,000m2で日本最大級となっています。

広大な無柱空間には、所狭しと恐竜骨格や化石・標本、ジオラマ、復元模型などが展示されており、恐竜をはじめとする古生物の世界を堪能することができます。
現在でも毎年化石の発掘作業とクリーニング作業が継続して行われています。
また、恐竜出前授業等の学校教育活動も実施しており、教育に対しても非常に熱心な博物館です。

2013年3月27日に来場者が500万人を突破し、2013年8月10日には秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、長男の悠仁さまが訪問されるなど、ますます注目されています。

一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)
一乗谷朝倉氏遺跡(いちじょうだに あさくらし いせき)は、福井市にある戦国時代の遺跡です。
戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡であり、一乗谷城(山城)と山麓の城下町(朝倉氏および家臣の居館)から成っています。
遺跡全体(面積278ヘクタール)が国の特別史跡で、そのうち4つの日本庭園は一乗谷朝倉氏庭園の名称で国の特別名勝の指定を受けています。

福井市街の東南約10キロメートル、九頭竜川水系足羽川支流である一乗谷川下流沿いの細長い谷あい(一乗谷、東西約500メートル、南北約3キロメートル)に築かれた戦国時代の城下町と館跡および背後の山城が一乗谷朝倉氏遺跡となっています。
一乗谷は、東、西、南を山に囲まれ、北には足羽川が流れる天然の要害で、周辺の山峰には城砦や見張台が築かれ、地域全体が広大な要塞群となっていました。
また、三国湊(坂井市)に続く足羽川の水運や大野盆地(大野市)に通じる美濃街道、鹿俣峠を抜け越前府中(越前市)へ続く街道などが通り交通の要衝でもありました。
さらに、一乗谷は北陸道より数キロメートル東寄りに位置するため、朝倉街道が整備され北陸道と連絡しました。

一乗谷の南北に城戸を設け、その間の長さ約1.7キロメートルの「城戸ノ内」に、朝倉館(武家屋敷)をはじめ、侍屋敷、寺院、職人や商人の町屋が計画的に整備された道路の両面に立ち並び、日本有数の城下町の主要部を形成していました。

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