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サザエさんオープニング都道府県解説(大分県・前編)


2011年10月~12月の秋編オープニングでは、大分県が紹介されました。
各画像の再生ボタンを押すと動画を再生出来ます。(音は鳴りません)

サザエ観光マップ
左上のボタン をクリック(タップ)すると、上部に前半で、下部に後半で紹介された訪問地の名称が表示されます。
訪問地の名称または数字が書かれたサザエさんのアイコンをクリック(タップ)すると、その訪問地が地図の中央に表示され、さらに写真や公式サイトへのリンクも表示されるので非常に便利です。(一部訪問地を除く)
右上のボタン をクリック(タップ)すると、大きな地図を表示できます。
青色のサザエさんのアイコン は前編で紹介された訪問地、緑色のサザエさんのアイコン は後編で紹介された訪問地です。

ゆふいん観光辻馬車(由布市)
ゆふいん観光辻馬車は、湯布院を巡ることが出来る観光馬車です。
由布院駅前から乗車することができ、パカパカと馬が歩く音を聞きながら佛山寺、宇奈岐日女神社などを巡ります。

途中サザエさんのオープニングのような自然豊かな田園地帯もあるので、由布院の様々な景色を楽しむことが出来ます。

金鱗湖(由布市)
金鱗湖(きんりんこ)は、大分県由布市(旧湯布院町)の由布院温泉にある池です。この池に朝霧がかかる風景は由布院温泉を代表する景観となっています。
面積は0.8ヘクタール、周囲約400メートル、水深は約2メートルです。

大分川の源流のひとつである金鱗湖は、湖底から温泉と清水が湧き出ており、その温度差のために冬季には湖面から霧が立ち上る幻想的な光景が見られます。
また、その霧が、由布院盆地名物の朝霧の源であるとも言われます。
この景色はお盆に霧が乗ってるように見えることから「霧盆」と呼ばれ、湯布院を代表する風物となっています。
この池は、由布岳の麓にあることから、かつては「岳下(たけもと)の池」と呼ばれていましたが、1884年(明治17年)に儒学者の毛利空桑が、魚の鱗が夕日に照らされて金色に輝くのを見て「金鱗湖」と名付けたと伝えられています。また、由布院盆地は古くは大きな湖であり、金鱗湖はその名残であるとも言われます。

JR九州久大本線由布院駅から約1.5kmのところにあり、湖畔には共同浴場の「下ん湯」(したんゆ)や「マルク・シャガールゆふいん金鱗湖美術館」などが並んでいます。また、熱帯魚のグッピーなども見られることがあります。

宇佐神宮(宇佐市)
宇佐神宮(うさじんぐう)は、大分県宇佐市にある神社です。

全国に約44,000社ある八幡宮の総本社となっており、石清水八幡宮・筥崎宮(または鶴岡八幡宮)とともに日本三大八幡宮の一つとなっています。
通称として宇佐八幡・宇佐八幡宮とも呼ばれます。

大分県北部、国東半島付け根に立つ御許山(標高647m)山麓に鎮座しており、本殿は小高い丘陵の小椋山(亀山)山頂に鎮座する上宮と、その山麓に鎮座する下宮とがあり、その周りに社殿が広がっています。
八幡宮の総本社であり、古くから皇室からの崇敬を受けているほか、称徳天皇時代の宇佐八幡宮神託事件でも知られます。

境内は国の史跡に指定され、国宝の本殿のほか重要文化財の工芸品が所蔵されています。
参拝は一般と異なり、二拝四拍手一拝を作法としています。

伐株山(玖珠町)
伐株山(きりかぶさん、きりかぶやま)は、大分県玖珠(くす)郡玖珠町の耶馬日田英彦山国定公園内にある標高685.5mの山です。

メサ(卓状台地)のうちでも浸食が進んだビュートと呼ばれる地形であり、二重メサの万年山(標高1,140.3m)とともに玖珠町のシンボル的な存在となっています。
現在は、平坦な頂上はハングライダーやパラグライダーの基地となっています。
また、山頂にはかって九州における南朝側の拠点となった玖珠城(伐株城)の土塀跡が残っています。

『豊後国風土記』によると、玖珠(くす)という地名は、かつてこの地にあった大きな楠に因むものであるそうです。
そして、伐株山は大楠の木陰となって日が当たらずに困った住民が、この大樹を切り倒した後の切株であるという伝説があります。

九重”夢”大吊橋(九重町)
九重“夢”大吊橋(ここのえ“ゆめ“おおつりはし)は、大分県玖珠郡九重町にある歩行者専用の吊り橋です。日本一高く長い歩行者専用橋となっています。

2006年10月30日に開通しました。高さ173m(水面より)、長さ390mで、歩行者専用橋としては日本一の高さと長さとなっています。
なお、「世界一の専用歩道橋」としてギネスブックへの登録申請も行われましたが、これは残念ながら認められませんでした。
幅員は1.5mで、大人1,800人の荷重に耐えるように設計されています。中央部の床版はすのこ状のグレーチングになっていて、下を見ることが出来ます。

橋からは、日本の滝百選の震動の滝や、紅葉の美しい九酔渓(鳴子川渓谷)の雄大な景色を望むことが出来ます。
開通が紅葉の時期にあたったこともあり、入場者は、開通9日後に10万人を超え、開通からわずか24日後に年間目標の30万人を達成しました。
その後、翌2007年4月10日には100万人を突破し、記念セレモニーが行われました。
同年9月16日には200万人、2008年4月4日には300万人を達成しました。
これにともなって、入場料収入も順調で、総事業費約20億円のうち、7億3000万円の地域再生事業債は、予定より8年早く2008年9月に完済の予定となっています。

大分県では平成の大合併により、町村数が47からわずか4つに激減しましたが、九重町では他の自治体と合併せず「自律のまち」を目指しており、この橋は町の観光振興計画の柱となっています。
現在のところ、入場者数は予想を大きく上回っているものの、観光客の町内での滞在時間が短いため、今後は、いかにして滞在型の観光地を形成していくかが課題となっています。
町では、好調な入場料収入を利用した施設の充実などに力を入れています。

一目八景(中津市)
一目八景(ひとめはっけい)は、中津市にある景勝地です。

山国川支流山移川支流に位置する渓谷である深耶馬渓(しんやばけい)にあり、一度に海望嶺、仙人岩、嘯猿山、夫婦岩、群猿山、烏帽子岩、雄鹿長尾嶺、鷲の巣山の八つの景色が眺望できることから、一目八景と名付けられ、秋には大変美しい紅葉を見ることが出来ます。
近くには鴫良、深耶馬渓などの温泉があります。

岡城阯(竹田市)
岡城阯(おかじょうあと)は,現在の大分県竹田市大字竹田にあった山城の跡地です。「臥牛城(がぎゅうじょう)」「豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)」とも呼ばれます。

岡城の築かれた天神山は標高325メートル、比高95メートル、城域は東西2500メートル、南北362メートル、総面積は23万4千平方メートルに及びました。
伝承では、文治元年(1185年)に、緒方惟義が源頼朝に追われた源義経を迎えるために築城したことが初めであるといわれています。
その山城は、南北朝時代の建武元年(1334年)に後醍醐天皇の支持を受けた大友氏一族の志賀貞朝によって拡張され、岡城と名付けられたとされています。

明治維新後、廃城令によって廃城とされ、明治4年(1871年)から翌年にかけて城内の建造物は全て破却され、現在残っているのは高く積み上げられた石垣のみとなっています。
なお、1987年には築城800年祭の記念行事として、天守閣がハリボテ方式で一時的に復元されました。
昭和11年(1936年)12月16日、「岡城址」として国の史跡に指定され、平成18年(2006年)4月6日、日本100名城(95番)に選定されました。平成2年(1990年)には、「岡城公園」として日本さくら名所100選に選定されました。

周辺は整備されており、毎年4月に「岡城桜まつり」が開催され、大名行列が再現されています。城址の保存状態に対して評価が高く、多くの見学者が訪れる観光地となっています。

晴れた見通しのいい日は城山から祖母山、傾山、阿蘇山、および九重連山を望むことが出来ます。
平成19年(2007年)6月から、全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始されました。

城下かれい料理(日出町)
城下かれい(しろしたかれい)は、大分県速見郡日出町(ひじまち)の別府湾の城下海岸で捕獲されるマコガレイを指す通称です。

日出町にあった日出城(暘谷城)城下の海岸近くで漁獲されることから、城下かれいの通称が付きました。
この付近では海中から清水が湧き出て、海水と真水が混じる汽水域となっており、海水性・淡水性のプランクトンを食べて成長する城下かれいは、泥臭さがなく、味は淡白かつ上品で、古くから高級魚として珍重されています。

城下かれいは、肉厚で、頭が小さく、尾ヒレが広く角張っていないといった形態上の特徴があり、他で漁獲されるマコガレイと区別されます。
その美味は古来より知られており、江戸時代には武士しか食べることができず、将軍への献上品とされて珍重されていました。
高浜虚子(俳人・小説家)は、日出町を訪れて城下かれいを賞味した際に、「海中に真清水湧きて魚育つ」という句を残しており、城下海岸にはこの句の句碑が建立されています。

毎年5月には、日出町で城下かれい祭りが開催され、各種のイベントが行われており、城下かれいを安価に味わうことができます。

竹瓦温泉(別府市)
竹瓦温泉(たけがわらおんせん)は、大分県別府市(べっぷし)元町にある市営の共同温泉です。
現在の建物は1938年(昭和13年)に完成したもので、2004年(平成16年)6月9日に登録有形文化財に登録され、2009年(平成21年)2月6日には近代化産業遺産に認定されています。

別府八湯の1つ、別府市中心部の温泉街である別府温泉は、1871年(明治4年)5月、流川河口に旧別府港(楠港)が完成すると急速に発展しました。
竹瓦温泉は1879年(明治12年)に創設され、「乾液泉」または「竹瓦の湯」と呼ばれましたが、当初は、海岸近くに湧き出していた温泉を楽しむために、地元の漁師が簡素な小屋を建てたものであったと伝えられています。
竹瓦という名は、この小屋が竹屋根葺きであった事に因むものであるとされています。

温泉の効能が評判になると、港のすぐ近くという利便性もあって湯治客が大勢訪れるようになり、1902年(明治35)年、さらに1913年(大正2年)には2階建ての建物に建て替えられ、もともと漁村でいりこの干場だった周辺にも多くの旅館が建ち並ぶようになりました。
そして1938年(昭和13年)には現在の建物が完成しました。
正面に唐破風の屋根を持ち、これに入母屋造や寄棟造の屋根や裳階が組み合わされ、複雑な表情を見せる壮麗で大規模な木造2階建ての建築です。

内部は、1階中央に天井の高いホールが設けられ、西側に砂湯、東側に男湯、女湯が配されています。2階は格子天井の90畳の大広間で、かつては湯治客の休憩室として使用されていましたが、現在は公民館になっています。
竹瓦温泉前から流川通り(大分県道52号別府庄内線)までは、現存する日本最古のアーケードである竹瓦小路アーケードでつながっています。

長湯温泉(竹田市)
長湯温泉(ながゆおんせん)は大分県竹田市(たけたし)直入(旧国豊後国)にある温泉です。世界でも類を見ない炭酸濃度の高さとその効能(飲泉含む)で知られています。

含重炭酸土類泉(炭酸水素塩泉)と、単純二酸化炭素泉の二系統からなる炭酸を多く含んだ適温の湯が大量に湧出しており、各施設とも基本的に源泉かけ流しを行っています。
浴槽まで炭酸成分がほとんど抜けないため、入浴時に体中に大量の泡が付着します。
この源泉成分を分析し、1988年に花王が「日本一の炭酸泉」と命名しました。
命名の理由は、炭酸が抜けやすい高温泉でありながら多量の炭酸が湯船に残っていることによります。

芹川の流れに沿って旅館や国民宿舎の他、公衆浴場・共同浴場が点在し、その周辺は田園風景が広がります。
ガニ湯周辺には旅館や温泉施設が比較的集中していますが、ネオンサインの類はありません。飲泉所・湧水が点在しています。

つくみイルカ島(津久見市)
うみたま体験パーク「つくみイルカ島」は、大分県津久見市大字四浦にある水族館です。2011年4月2日にオープンしました。

大分県大分市で大分マリーンパレス水族館「うみたまご」を運営する株式会社マリーンパレスと津久見市とが共同で開設した施設で、イルカやアザラシなどが飼育され、イルカショー、エサやり、ドルフィンスイムなどのイルカとの触れ合いの体験、うみたまごでショーをするイルカの訓練、イルカの研究・繁殖などが行われます。
入場者は年間10万人を見込んでいます。

津久見市南部の四浦半島で第三セクターによって運営されていた海洋型釣り堀の旧「津久見市仙水遊漁センター」の施設跡を、2010年9月から約3億円をかけて改装して整備されました。
海上部分の「シーエリア」(12,500m2)、管理棟、飲食・物販棟の「シーサイド」(約8200m2)、駐車場などの「サイドパーク」(約3,000m2)からなり、海面面積では国内最大級の施設となっています。
津久見市には大型の観光施設がないため、集客の核として期待されています。

ケベス祭(国東市)
ケベス祭(けべすさい)は、大分県国東市国見町櫛来の岩倉社で毎年10月14日に行われる火祭りです。
2000年12月25日に国の選択無形民俗文化財に選択されてます。

起源も由来も不明の奇祭です。岩倉社の境内に設けられた燃え盛るシダの山を守る白装束の「トウバ」と、そこに突入しようとする奇怪な面を着けた「ケベス」が争います。
「ケベス」は何度も突入を試み、ついに9度目で成功して棒でシダの山をかき回し火の粉を散らすと、その後は「トウバ」も火のついたシダを持って境内を走り回り、参拝者を追い回します。この際に火の粉を浴びると無病息災になるといわれます。

「トウバ」は神社の氏子である10の集落が年ごとに輪番で務め、「当番」に由来するといわれます。「ケベス」の由来は不明ですが、「蹴火子」が転じたとの説があります。

千年あかり(日田市)
千年あかり(せんねんあかり)は、大分県日田市(ひたし)で日田天領まつりの夜間に行われるイベントで、2005年から始まりました。
豆田町界隈に並べられた竹燈篭の中に蝋燭に火が灯されます。

里山保全と町おこしを目的とされたイベントで、毎年11月に開催されます。2009年には三万本の竹燈篭が用意され、豆田町北側を流れる花月川を中心に並べられました。

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